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市民が誇れる京都最古の自然−深泥池−

田末 利治

深泥池(「みぞろがいけ」)は、標高が200m以下の低い山に囲まれた 小さな谷懐にあります。 位置は京都府立資料館前(京都市地下鉄・北山駅)から北へ約700mのところです。

深泥池はちょっと見たところただのため池のようです。 しかし、この池は、1988年に国の天然記念物に指定された「深泥池生物群集」の 生存する特別な池です。

1970年代の大がかりな学術調査およびその後の学術調査によって、 池内の各所に氷河時代の生き残りと考えられる北方系の植物や動物が生存している ことがわかりました。京都は暖温帯で、ここに分布する普通の生物が深泥池に あるのは当然ですが、これらと北方系の生物が存在して、何等かのかかわりを 持ちながら一定のバランスを保ちつつ、共存しているのです。 このような生物自然の存在は深泥池ならではの特徴といえます。 特にこの本拠はミズゴケ湿原の広がる浮き島であるといえます。

また、暖温帯の京都の池に、なぜこのよな自然の池があるのかといった謎解き のために地底17.4mまでボ−リング。取り出されたコアは泥炭化した堆積物。 これを花粉分析などで調べ、最下部の堆積物にいたるまでそのなかにミズゴケ やミツガシワの存在することがわかりました。 さらに判明したのが、深泥池の成立がやく14万年前にまで遡れる、 ということです。

深泥池では春一番に咲くのがミツガシワの花です。 4月中旬には白一面の満開を目の当りに見ることができます。 葉は三つ葉状、花は穂を形成しその下部の蕾から順番に咲いています。 よく見ると花弁の表に多くの細毛をもった珍しい花です。

訪花昆虫ではあまり見かけなくなったニホンミツバチのほかに、 本州では深泥池で始めて発見されたというハナダカマガリモンハナアブ とよぶ珍しい小型ハナアブがいます。 この小昆虫ハナアブはミツガシワに産卵し、翌春の開花に合わせて出現し、 花粉や密を食べながら花から花への送粉の役割を果たしています。 特に、この両者の関係は最終氷期(いまから1万年あまり前に終った氷河期) から延々と続いてきたのは確かだといわれています。 この両者は深泥池における氷河時代の生き証人の代表ともいえる生物でしょう。

次にミズゴケ湿原について紹介します。 深泥池の南側には山麓にそって幅の狭い水域があり、その水域を隔てて (池の真ん中に)広々とした平坦な湿原があります。 その高さは水面とあまり差がなく、 オオミズゴケ、ハリミズゴケ(特殊なコケ)などが成育するミズゴケ湿原です。 ミツガシワのほかにホロムイソウやミズグモも生存している重要な生活環境 となっています。

ミズゴケ湿原は酸性(pH. 6 以下)で、窒素やリンなどの無機塩類のたいへん少ない 貧栄養の水質でないと生育できません。琵琶湖の水を使用した水道水は不向きです。 従って深泥池のミズゴケ湿原の水は降雨だけです。降雨時以外の日は降雨が 山にしみ込み、山麓の地下岩盤のあちこちからしみ出し湧き出て水域(池)に入り、 それがミズゴケ湿原を潤すことになるからです。 こうしてみると、深泥池の集水域(池周辺の山)、山麓、池(水域)ともに保護の 大切さがわかります。

三番目に人と池の自然の関わりについて紹介します。 氷河期が終って、いまから数千年の昔、 くり返す賀茂川の氾濫は深泥池の谷の出口まで及び、 ここに自然の堤防ができ谷をふさぎました。 時代はさらに下がって、この上に高さ約1.5mの人工堰堤を築いたのが 約1500年前ということです。 溜め池にして増量した水を灌漑用に使いながら池信仰とも結びついて ミズゴケ湿原の存在を邪魔扱いせず、池周囲の山林も 里山として利用し、 あわせて世話をしながら守ってきたのが先人たちだったのです。

わたしたちは、こうした先人たちの暮らしに思いを馳せ、学び、 これからの池保全は市民が引き継いでいくべきだと思います。

ところが、最も重要な浮島のまわりは、帰化植物が繁茂し、 外来の魚やカメなどが増え、池全域の水の汚れもひどくなっています。 こうした事態は池周囲の開発(特に車道)や浪費社会に結びつく 雑多なゴミの投棄などが原因の主要なものと思われます。

幸いにして京都市が文化庁からの助成を受けて深泥池の買い上げを決定しました。 1997年度からの3ヵ年計画です。 深泥池が公有の財産、市民の財産となり、いよいよ市民は研究者・京都市 と協力して保全の方策を確立し、保護のための行動に移ることができる ようになったといえます。

こうした流れに結びつくと考えられる調査の一つ ``池内の在来の動物群集に悪影響を与えていると考えられる外来魚 (オオクチバスとブル−ギル)の調査と対策の一部'' が京都市文化財保護課によって実施されることになり、 今年(1998年3月)から地元、その他の市民・研究者・京都市文化財保護課の 三者協力のもとに続行しています。 この現場作業は順調に経過し、11月にひとまず終了します。

この調査・作業に参加した市民の層は厚く、それぞれの立場から 池の水域に直接ふれ、多くの魚類の姿・形、卵、稚魚から成魚までの移り変わり、 魚類以外の水生生物たちに出会えました。 ここで経験し、知り、学んだものは多くあります(まだ整理できてません)。 ただ、市民による公共事業とはこういうものではなかろうか、 その芽をひそかに感じているところです。

文責: 田末 利治