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2005年1月の深泥池水生生物研究会からのお知らせ

連絡係 安部倉 完

第60回出席者1月16日

竹門 康弘、田末 利治、安部倉 完、上野紗弥子、田崎 純平
村上 宜之、成田 研一、伊藤 昭雄、森田 康介、中村 治
蘆田 昌純、竹内 千栄、岡田栄三郎、石黒 真理、田端 英雄
池澤 篤子、安藤 貴裕、小椋 純一、片岡 北斗、野尻 浩彦
野村 理絵
21名

(敬称略)

1.はじめに

次回は2月6日(日) 14時から深泥池会館で行います。今回も昔を語る場として、第5回「池の昔を語る会」を開催します。詳しくは下記の方を参照ください。
また、同日 2月6日 9時30分からバス停近くのヨシの刈り取りを行います。

2. 来年度の課題

今回のお話は、森田良彦さん(おいでやすの京野菜生産者/京都市北区上賀茂 池端町在住)にしていただきました。森田さんは、1947年京都府生まれで、1967年桂高校定時制卒業し就農された3代目農家、有機栽培を手がける「京」有機の会の初代会長をやっておられた方です。主に今回は1950年代から1970年代の深泥池と農業の関わり合いについて、お話していただきました。
 1950-1960年代の深泥池は、中央部で泥は多かったが、南水路や池の東側は砂利が多く泳ぐことが出来た。1970年代に入るとウシガエルとアメリカザリガニが大量に
見られるようになった。クロモ、マツモ、カナダモなどが池の開水面には生えていた。基本的に、池は、危険な場所であり、子供が池の中で遊ぶことは禁止されていた。
 池からは、ジュンサイを昭和のはじめに採っていた。しかし、病院が建ってからは池のものは利用することはなく、魚も絶対に食べなかった。深泥池周辺の山からは柴やウラジロを取ることはあった。
 水の管理者は、南部と北部に一人ずつおり(村の顔役?)、6月の田植えと9月のスグキ作りの時に水門を開け水を使った。6月の田植えの時期が最も水を使っていた。江戸時代、明治時代には池の底に通じた樋があり、泥抜きをしていたようであるが今は埋められてしまっている。

3.次回

次回の打ち合わせ会は、2月6日です。内容については下記を参照ください。

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